俺はいつも通り、「T」に向かって夜の町を歩いている。
1月の夜7時というと、なかなか寒い時間だが、人通りはまだまだ多い。
俺はいつも残業気味になってしまう仕事を少し早く切り上げ、家に帰る電車を逆向きに乗って、あの道場に向かっている。
ここに来る用事がなければ、こんな早い時間に町を歩くことは少ないので、気分は新鮮だ。
道場といっても、やることは普通の道場とはかなり違う。「男」を競い合う、大事な稽古だ。
今はもう40代になってしまったが、20代の頃からあの道場には世話になっている。
今日は試合の日だ。少し遅れてしまったが、自分の試合には間に合う。
雑居ビルの階段を下に降り、地下1階の道場につく。
地下に設置され、人の目にさらされない作りになっているのも、普通の道場とは違う。
「T」とかかれた、少し重い扉を開ける。・・・扉を開けると、薄暗い入り口の突き当たりに受付がある。
俺は会費を支払い終え、受付の丸い窓に顔を近づける。
「ええと、今日の試合に出る、92番の『寺田』です」
「少々お待ちください・・・ああ、はい、92番の寺田さん・・・試合番号は10番、斎藤さんとのペアになりますね。寺田さんは青コーナーに登録されてます。頑張ってください」
「ペア」と受付係は表現したが、要するに対戦相手だ。俺はいつもここで対戦相手を知る。
俺は、斎藤をよく知っている。顔も、体つきも、勃起した竿の硬さも大きさも、そのタフネスも知っている。
・・・俺は今日、斎藤とリングで戦うのか。
金を払い、タオルと試合用の青いビキニ、ロッカーキーと青いアンクルベルトを受け取る。
アンクルベルトには大きく10と書かれ、それが試合番号になっている。試合場にはもう一人、10と書かれたアンクルベルトをもっている男がいるはずだ。
扉を開けると、ロッカールームになっている。
ロッカールームは暗いが、オープンスペースになっていて、3人の男が着替えをしている。
それぞれ試合を控えているようで、全裸になると竿が少しふくれているのが分かる。
俺も人のことは言えない。できるだけ立たせたくはないが、試合になればイヤでも立たされる。
ロッカーの奥には扉があって、俺たちが目指す「試合場」もそこにある。
扉の奥からバタン、バタン、という衝突音が聞こえ、中でやっていることを連想させる。
ときどき「ダウーン!」という太い声が鳴り響く。その声の主も、俺たちはよく知っている。
突然、奥の扉が勢いよく開く。
「よう、寺田さん! お疲れ様!」
出てきた男は「荒井」と呼ばれる、俺のよく知った男だ。試合直後のようで、全裸の40代後半の固太りレスラー体型の体に汗を光らせ、分厚い胸板から腹にかけて白い液体が飛び散らせたまま、ニコニコ笑っている。強くこわばった竿の角度と液体の飛び散り方から見て、荒井は試合に勝利したらしい。
「KOで勝ったんすね、おめでとうございます」
「ああ、テラちゃんにも見せたかったよー。7分だってさ、上出来だろ?」
荒井の後ろに、もう一人荒く息をついている男がついてくる。荒井よりも若く、体格もいい。竿は半立ち気味で、やや肩を落としながらも穏やかに笑っている。
「危なかったよー、俺も序盤で2回もダウンしちゃった! でも最後の俺の必殺技は、耐えれなかったよな?」
荒井は持ち前の地声のでかさで、相手の男の背中ををパンパンと叩く。相手の男は、ちょっと歯を食いしばりながらニコッと笑顔を作り、ヒジで荒井の胸板をつく。
「いてっ! いてぇよぉ!」荒井は笑いながらその男にヘッドロックをかけ、シャワールームに引きずり込んでいく。
「テラちゃんもがんばれよ!」「おっす、がんばりますよ」
俺は荒井に手を振りながら、奥の扉のノブに手をかける。